GREETING/CONTENTS SWEET ROOM BLOG BBS STAMP CARD MAIL OFFLINE LINK ohshima_mitをフォローしましょう twilog twilog(SS)

 火村のメルセデスの調子がおかしいというので、ついうっかり大学までついてきてしまった私は、手持ちぶさただった。

 考えてみれば、私が一緒に来る必要はなかったのだ。締め切りも取材もない狭間の時期で、当分愛車・青い鳥を使う必要はない。

火村は運転しにくいだのなんだの文句を言うだろうが、そんなものは無視してセルフでよかったのだ。ゴールデンウィークを二人で

だらだら過ごした後だったので、ついうっかり二人で出かけるようなつもりで自分で車をだしてしまった。寝ぼけていたのもある。

 研究室まで火村を送り届け、やっと自分で運転してこなくてもよかったことに気づいて文句を言った私を、だだっ子を宥めるように

扱った火村は、昼食をおごる約束をしてくれた。しかし今はまだ十時。出勤するつもりで早起きした火村はともかく、寝込みを襲われ

て、着替えと洗面ぐらいしかできなかった私は、勿論空腹だ。勝手知ったる母校の図書館で、次回作の構想でも練ろうと出てきたは

いいが、これでは戦ができない。

 ゴールデンウィークあけの朝に、構内をうろうろしている者などほとんどいない。まだ講義が始まって間もないから、出席日数に

きゅうきゅうとしている学生はいないし、出席日数など気にもしていない、真面目な皆さん方は勿論講義中だ。

 すなわち、先生をお待ちしなくても、学食で食事をするにはうってつけの時間ということだ。私は嬉々として、慣れた道筋を辿った。

 

 学食は案の定空いていた。モーニングセットなどというしゃれたメニューはないが、豚のショウガ焼きやらチキンカツやらを食べる

気にはさすがにならない。メニューを下から辿っていき、最後の方で「カレー」を見つけた。カレーならば、今食べてしまっても火村

に奢ってもらう豪華ランチには支障ないだろう。カウンターの中に「カレー下さい」と叫ぶと、殆ど間髪入れずに皿が飛び出してきた。

 勤めにも出ていない一人暮らしでは、いわゆる普通のカレーを食べる機会はない。家ではカレーなど作らないし、誰かと一緒に外食

する時は、さすがにもう少しいいものを食べる。一人で外食するときは、一人暮らしの常でついつい野菜中心のメニューに目がいく。

 そんなわけで、何年ぶりかの「普通の」カレーである。学生時代は、昼食代を切りつめては推理小説を買いあさっていたものだが、

たまに学食に入るとカレーばかり食べていた。そういえば、火村と初めて会ったときに奢ってくれたのもカレーだったし、彼と一緒に

食事をするときもカレーが多かった気がする。私は、この学食カレーが大好きだったのだ。

 少々水滴の残るスプーンをとり、心の中でいただきますとつぶやく。窓ぎわの席に座ったのでぽかぽかと暖かく、そういえば火村と

会ったのもこんな日で、投稿作を書いていたんだよなあとぼんやり思いながら一口目を口に放り込んだ。

「あれ?」思わず口にだしてしまう。もう一口。

 やはり、記憶の味と違う。なんだか水っぽく、味気ない。有り体に言ってしまえば美味しくないのだ。

 情けないことに、それほど豊かな食生活をしている自覚はないが、やはり口はおごってくるものなのだろうか。空腹ではあるが、明ら

かにまずいこのカレーでなんとか腹を満たすか、ダイエットのつもりで昼食まで待つか、迷ってしまう。

「よう先生、図書館じゃなかったのかよ」

 急に肩が重くなって振り向くと、一講目を終えて晴々した助教授がいた。

「誰かさんが朝食も食べさせてくれなかったもんでな、ブランチや」

 下唇をつきだしてみせると、火村はにやりと笑う。

「それでカレーかよ。昼食は奢ってやるって言ってるのに、元気な胃袋だぜ、まったく」

「ほっとけ。そや、このカレーな、なんか味かわっとんねん。昔もう少し美味しかったと思うんやけど」

 一口分スプーンにのせてさしだすと、火村はぱくりと潔く口に入れた。一瞬で飲み込んで答える。

「いいや、特に変わってないと思うがね。いつも食べてるが、学生も舌が肥えてきてるから、まずくなるってことはないんじゃないか」

 お説はごもっともだが、実際にまずいのだから仕方がない。

「しょっちゅう食べてるから味の変化に気づかないってこともあるんやないか」

 なにげなくもう一口を口に運びながら言った後、私はあまりに意外な味に、絶句してしまった。

「……おいしいわ」

 助教授は、怪訝そうにこちらを覗きこみ、言った。「さっきは上澄みでもたべたんじゃねえか」

 冗談にしてもおもしろくないが、同意しておいた。

 

 私は、カレーが美味しくなった理由に気づいてしまっている。

 悔しいから口には出さないけれど。

 私にとって、最高のスパイスは目の前にいる口の悪い助教授なのだ。

 

<どっとはらい>2006.05.07

Copyright (C) 2006 OHSHIMA Mitugu. All Rights Reserved. http://happyeyes.jp/

GREETING/CONTENTS SWEET ROOM BLOG BBS STAMP CARD MAIL OFFLINE LINK