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 火村は家族の縁が薄いと学生時代に気づいてから、私はなるべく誕生日を彼と過ごすことにしている。

もちろん、しかるべきパートナーが現れればそのポジションを譲るにやぶさかでないが、この二十一年間

火村にこの時期彼女がいた試しはないし、ここまでずるずると独身のまま過ごしている。

-----私もご同様だ。放っとけ。

 しかし付き合いが長きにわたればお互いに社会的責任も大きくなり、外せない仕事が入ることもある。

 ましてや、私たちは教職が最も忙しい時期のひとつである新学期の生まれだ。俺は研究者であって

図体のでかい幼児をお守りする幼稚園の先生になったつもりはないとフィールドワークのために休講を

厭わぬ火村も、その研究が認められて順当に教授職についている。教諭としての雑務をおろそかに

するわけにはいかないし、口ほどにはその務めを嫌がっているわけでもないようだ。

相も変わらず教授連の中では下っ端だから面倒なことも多いらしいが、アメリカのホームドラマに出てくる

新婚ほやほやの夫ではあるまいし、仕事を放ってハッピーバースデイでもなかろう。

 私も、十年前に較べればそこそこ忙しくさせてもらっている。かつてはフィルドワークへの誘いには

二つ返事で乗っていたが、どうしても同行できないことも増えた。片桐には、有栖川さんには我が社の

推理小説部門を賭けてますからと大げさなハッパをかけられるし、自由業は信用第一だから締切を

おろそかにするわけにはいかない。さすがにそこまで巨匠ではない。

 そして火村も、現場で心ない犯人-----殺人を犯している時点で、心あるというのも変だが----に糾弾されても、

うまくかわしているようだ。もうはりきりボーイとは呼べない立派な刑事である森下から、そう聞いた。

相変わらず夜中に悲鳴を上げることはあるが、自らの心の傷に折り合いをつけたということだろう。

 大人になるとは、傷を忘れ、鈍感になることだと思っていた。

 今では、やりきれない現実から自分を守る適切な繭を……巣を、作る術を身につけることだと知っている。

 

 そんなわけで、今年の私たちはゴールデンウィーク明けにやっと二人揃っての誕生日祝いの機会を

持つことができた。今年は私が京都を訪れ、鴨川べりのこじゃれたレストランで豪華ディナーだ。

火村の講義が終わるのを待って出て、早めに店に入る。ゆっくりワインでも飲みながらフルコースを

腹に収め、二次会は彼の下宿で心置きなく朝までだ。わくわくするプランではないか。

 

「アリス、なんで学食にいるんだ」

 まさに私が一口目を口に入れようとした瞬間、ぽんと肩を叩かれた。皿にぼとりと一口分のカレーが落ちる。

「え、先生、いま講義ちゃうん。小腹が空いたしカレーでも食うとこ思て」

 がたんと音を立ててすぐ隣に座った火村は、頬杖をついて顔を覗き込んできた。

「大学に着いてるのに教授室に直行してくれないなんて、つれないじゃないか」

「夜、一緒に食事するやんか。君は仕事ちゃっちゃとせんか」

 横文字文化圏の人間のように大げさに肩をすくめ、火村はチッチッと舌打ちをしながら人差し指を振った。

「おおせの通り、仕事はちゃっちゃと済ませた。まだ昼過ぎだし、夕方に先生が来るまでは保たないから

少し何か入れておこうと来てみたら」

 先生が食べ始める前ならディナー時間繰り上げもできたんだがなあ、とぶつぶつ言いながら、

自らもカレーにスプーンを突っこんだ。

「それにしても、値上がりしてしもたなあ」

「そりゃな、昨今一五〇円ってわけにもいかんだろ」主語を省いたが、火村には伝わった。同じことを

考えていたのかもしれない。教授が学生食堂に頻々と来ては学生も気が休まらぬだろうと最近では専ら職員用の食堂を

利用していたはずだから、彼もここのカレーは久しぶりなのだ。

「アリスが、二十一年前に小説で初めて稼いだのが一五〇円だったな。カレー現物支給だが」

「……覚えてるんや」

「アブソルートリー」

 

 

21年目のカレー記念日おめでとう!

20130507

<どっとはらい>2013.05.07

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