【今はいい】20年目になんとなく20のお題(アリスエキスポ☆2009配布お題)より
「お、なんだそれ」 私が、得意の喫茶店風サンドイッチで優雅なブランチを楽しんでいる最中に、野暮な闖入者。 英国の学会帰りの火村先生である。関空から土産を持って我が家に直行してくれたのはいいが、 食事時を狙うのはいただけない。 もっとも、世間で午後二時を食事時というかどうかは、検討を加えるべきところかもしれないが。 客とは言っても所詮火村だから、ダイニングの椅子に戻った私は、構わずに一口サンドイッチをかじった。 「いいなそれ、一口くれよ」火村は、ヨダレを拭うまねをしながら言う。 「人の食べてるモン欲しがるのは、行儀悪いで」 「いいじゃねぇか、ひとくち」 火村は、食べかけの貴重な朝食に横から囓りつき、天上の菓子を頬張ったかのように至福の表情を浮かべた。 子供か、君は。 「腹減ってんのやったら、君の分も作ったろか、パンも卵もハムもまだあるし」 「今はいい」 「へーんなの。腹減ってんのやないの」 私は、いったんサンドイッチを皿に置き、牛乳と砂糖をたっぷり入れたカフェオレに口をつけた。 「あ、それもいいな。ひとくち」火村は、性懲りもなくまたねだる。 「ええかげんにせぇや。自分の分なら、サーバーにコーヒーが入ってるから、入れてくればええやろ」 「今はいい。一口くらいくれよ」 止める暇もあらばこそ、素早くカップを取り上げた火村は、そのままカップに口をつけた。 「あちっ」 「いわんこっちゃない。先生には熱かったやろ」 火村と一緒にカフェオレを飲む時は、いつも冷たい牛乳をたっぷり注ぐから、彼も確認を怠ったのだろう。 今日に限っては、熱いカフェオレを飲みたいと思って、湧かした牛乳を注いだのだ。 冷蔵庫から氷を出してコップに入れて渡すと、猫のように長く舌を出して舌先を冷やしながら、火村は憎まれ口を たたいた。 「仕返しかよ」 「いやしんぼの猫舌男が来るなんて、予想できるかい。今はいいとか意地はってるけど、腹ペコなんやろ」 「いや。機内食で腹は膨れてる」 「なら、なんでそんなに欲しがるんや」 私のカフェオレカップをじりじりと引き寄せていた懲りない男は、不意に天井を向いた。 「知りたいか」 「そう改めて言われると、知りたいような知りたくないような気ぃになるわ」 「じゃ、ヒントだ」 火村は「風のように」距離をつめてきた。不意に、熱いものが唇に軽く触れる。 それが、彼の舌だと気づいた私は、一瞬にして頬が熱くなるのを感じた。 「俺はこれで満足だ。分かったか」 わからいでか。「君は中学生か。『間接』したかったんやな」 火村は、いたずらを見つかった時のように、にやにやしながら答えた。「先生の高カロリー食が終わったら、 続けてカロリー消費の『直接』いくか」 私も、そうそうつきあってはいられないから、たっぷり溜めてから言ってやった。 「今はいい」
<どっとはらい>大嶋貢/ハッピーアイズ! 2009.03.24 Copyright (C) 2009 OHSHIMA Mitugu. All Rights Reserved. http://happyeyes.jp/
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