【電話じゃ言えない】20年目になんとなく20のお題(アリスエキスポ☆2009配布お題)より
屋内で携帯電話を使っているせいか、雑音が大きく、掠れたアリスの声に、火村は手先が冷たくなるのを感じた。 受話器から漏れ出る囁き声に集中しようとすればするほど、自らの鼓動が耳元で邪魔をする。 不慮の事態などそう滅多に起きないだろうと思ってはいても、可能性から目を逸らす事が出来ないのは、悪い癖だ。 「来て欲しいんだな。今から行くから」 ついに、内容を聞き取ることを諦めた火村は、一方的に返して終話ボタンを押した。
気が急いているときは、車の運転は控えた方が良いと考える理性は残っていた。 幸い、まだ宵の口。京都駅までタクシーを飛ばし、丁度入線していたJRに滑り込む。 乗り換えがうまくいけば、一時間足らずで到着するはずだが、運転で気が紛れない分、焦れるのは止められない。 それにしても、急に電話してきたのは、どういうことだろう。 火村とて、不惑を迎えたいい年の大人だから、飛び出してきてはみたものの、何かアリスの身に起こったとは 実のところ考えていない。 それにしても、急に電話をかけて来るような用事を思いつかないのも確かだ。 もともと、ゴールデンウィークはアリスの部屋でのんびりする約束だが、仕事にキリがついて、出発するときに 連絡するということになっている。ゴールデンウィーク進行でグロッキーのアリスが睡眠を補充している間に、火村 の仕事も一段落するだろうと踏んでの計画だ。 世間は不況で、製造業では十六連休という会社もあるようだが、大学の休みは暦通り。 大手を振って休んでいいのは明日からだから、明日の昼頃にでも夕陽丘に向かうつもりだった。今日火村から連絡を しなかったからといって、アリスから電話をかけてくる必要はないはずなのだ。 メールを出せば済む話なのだし。火村の仕事を極力邪魔しないように気をつけているらしいアリスにしては、らしく ないと思わざるを得ない。 ドアの前で深呼吸をして、急いで来たと知られないよう、殊更にゆっくりとインターホンを押した。 ガチャッという重い解錠音と共にドアが開くと、ぷんとカレーの香り。 電話の内容を一瞬にして悟った火村は、ポーカーフェイスを装いつつ言った。 「用事はきちんと電話で言え。何かあったかと驚くだろうが」 「言うたよ、すぐ来いなんて言わへんかったのに、火村が勝手に来たんやないか。……そりゃ、声がちぃーとだけ 小さかったのは、謝るけど」 「メールすりゃいいじゃねぇか。カレー作りすぎたから、食べ物はあんまり買ってくるなって伝えたかったんだろ?」 「丁度手が空かないときに、早く君に言うとかないと、買い物済んでたら悪いて思いついたんや。メールより電話が 早いと思ったし。台所はちっと電波悪いんかな。それに……そんな恥ずかしいこと、電話じゃよう言わん」 「何が恥ずかしいんだよ。カレー作ったからの一言で済む…」 フラッシュバック。 光の満ちる階段教室に、今となってはお馴染みの、アリスのくせ字。 懐かしい、改装前の学生食堂。何でも奢ると言ったのに、今日の気分なんやと味気ない学食カレーをリクエストし、 旨そうに食べていたアリスの、上気した頬。 「そういえば、あと少しで、俺たち出会って二十年なんだな。…だからか?」 促してやると、アリスも観念したようだ。 「初めて一緒に食べたもの覚えてるなんて、記念日好きの女子高生じゃあるまいし、恥ずかしいやんか」 「そんなことないぜ。俺だって、忘れちゃいない」 あの日の学食カレーは、天上の美味だったと、火村は思っているのだ。 誰にも言うつもりは、ないけれど。
<どっとはらい>大嶋貢/ハッピーアイズ! 2009.05.06 Copyright (C) 2009 OHSHIMA Mitugu. All Rights Reserved. http://happyeyes.jp/
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