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当サークル初配本「スウィートルーム」収録の「ナニワソウル」という小咄その後です。単体でも話はわかります(たいした話でもなし) 火村は普段滅多に怒ることがない。彼の怒りを惹起するものどもは、もっぱら犯罪関連のあれこれに限定されているようで、たまに 私が怒りをあらわにしたときなど、何とも言えない困ったような悲しいような顔をする。二人で食事をした店で、私がすすめて火村が 注文したデザートのケーキの中に長い茶髪が練り込まれていたときも、私がいち早く気づき、クレームをつけようと後ろを向いて店員 を探している隙に、皿を他の店員に下げさせてうやむやにしてしまったし、私がちょっとした誤解から火村に濡れ衣を着せてしまった ときも、特にいいわけもせずののしられるがままになっていた。 ののしったのは私なのだが。 それはともかく、私だったら、「楽しみにとっておいたチーズを、俺が仕事しとる間にたべてしまったんやろう」なんて、小学生 レベル(重ねて言うが私だ)の言いがかりをつけられたら、いかに相手が見当はずれのことを言っているか指摘してやろうという気に なるだろうが、日常生活で火村が私に限らず他人に逆らっているところなど、ついぞみたことがない。 そんな彼とのつきあいもそろそろ二十年にならんとするわけだが、知り合ってすぐの頃は、どう突っかかって行ってものれんに腕押 しな火村に、自分はどうでもいいと思われているのではないかと悲しく思ったものだ。二十年経ってさすがに、彼の一番近くにいるの は自分だと、まあまあ自信を持って言えるようになり、分かったことがひとつある。 極端に臆病なのだ。彼は。 彼は自分を責めるのと同じように犯罪者を責める。自分を糾弾するように犯人を糾弾し、犯人の、自分の心を追いつめる。極端な 考え方かもしれないが、火村と犯罪者の関係は、火村にとって、母親と長女のような関係なのではないかとすら思ってしまう。それ すなわち、母親にとっては自分の一部、長女にとっては目の上のたんこぶ。異論はあろうが、私の分析は一面の真実を含んでいるの ではないかと、自画自賛しておこう。 すなわち何が言いたかったかというと、火村にとって犯罪と犯罪者は、自分自身と分かちがたいもの、拡大した自己にすぎないから、 己に厳しい彼としてはいくらでも厳しくなれる。しかし、えてしてそういうタイプの人間は、他者に自分を浸食されることが苦痛で、 他人に深く関わることを嫌う。野中の一軒家にでも住んでいれば何もせずとも関わらずにいられるだろうが、そうもいかない火村は、 感情の閾値を引き上げることで対処しているわけだ。 何も彼の感情を波立たせることはできない。 犯罪以外は。 そう考えると少し悲しくなるが、長きにわたる深いつきあいの中で、その閾値をぐんと引き下げる方法があるのを私は知っている。
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