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「どのくらい会わなかったら、『お前は関係ない』って思うんやろう」

 私のひとりごとは珍しくない。火村は気の向いたときには返事をするが、大抵ちらりと視線を投げるだけで黙殺する。今もそうだった。

助教授の考えでは、奇矯な行動の多い推理作家は、一人でいるときも動き回っていて、考えをまとめるためだけに大声でひとりごとを

言うのだろうが、残念ながら、私は聴衆のいないときに口を開く習慣はない。私のひとりごとは、聴衆すなわち火村がそばにいるときに

限られる。物理でそんなのを習った気がするが、観測者の存在が被観測者の行動に影響を与えるのだ。従って、彼は私にひとりごとの

習慣がないことを知ることはない。完璧でささやかな秘密だ。

 とはいっても、私も、ひとりごとで火村をコントロールしようなどと、嫌らしいことを考えているわけではない。たまにいるが、絶対に

直接人にものを頼まない輩がいる。若い女性に多いというと、女嫌いを標榜する火村のようだが、事実そうなのだから仕方がない。

「○○が欲しいなあ」などと聞こえよがしに言ってみせ、まわりの男どもが買いに走るのを期待し、目的のものを手元に持ってきて

もらっても礼の一言も言わないような人間だ。卑小な私ではあるが、そこまでレベルが低いことをするつもりはない。もっとも火村は、

私が猫なで声で「フランス料理のフルコースが食べたいなあ」などと言っても、ぴくりとも反応するまいが。

 では、なぜ火村がいるときだけひとりごとをいうのかといえば、自分でもよくわからない。強いて言えば、王様の耳はロバの耳と穴に

向かって叫んでいるようなものだろうか。ひとりで飲み込んでおくには気持ちのおさまりがつかない、心の引き出しにぴたっと収まらない

言葉のかけらが、火村が近くにいるときだけ口からあふれ出す。火村は何も言わないが、何も言わないからこそ小さなことはそのままに、

大きなことはそれなりに、川を流れるように浄化されていくような気がする。

 昨日は、たまたま法学部の同期生と近所のスーパーで出会った。昼日中だというのに、買い物かご下げた三十代の男二人が旧交を温める

というのも珍しい画だろうが、さらにそれを彩るかのように、彼の手には七夕飾りに使うのであろう、孟宗竹が抱えられていたのだから、

居合わせた人たちの夕飯の話題くらいにはなったかもしれない。

 

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