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発見者はパウダールームにいたから、音には気づいたが、誰かが自分たちより後に入ってきたり、出て行ったかどうかは分からないそうだ。 個室のドアは洗面台側に開いており、トイレの入り口からはパウダールームと洗面所に通路が枝分かれしているのだ。 いつの間にか、鮫山以下おなじみの面々は姿を消している。更なる聞き込みに行ったのだろう。 船曳は、出口に向かって一声掛けた後、私たちに向き直った。 「この作り物の水音は、二十五秒間で止まるんやそうです。発見者が犯人でないとすれば、不審な音がしなかったことを考え合わせると、 そのタイミングで凶行が行われた可能性が高いんやないかと思います。死因はこの場ではよう分かりませんでした。解剖待ちですが、持病もなかった 若い女性です。コロシで決まりでしょう。それこそ、殺し屋なみの手際の良さです。一方、発見者が被害者の様子を見に行くまでには五分間ほどあった そうなんで、逃走する時間も十分。しかし、ここは高層ビルですからね、その時間非常階段を使った形跡もありませんし、じきにエレベーターの監視カメラ からでも面が割れるでしょう」 火村は、ふんふんと頷きながら船曳警部の話を最後まで聞いていた。 私は、死因が分からないというところに引っかかって、ダイレクトに質問する。「そんなに短時間に、見た目分からないような方法で殺すなんて、 可能なんでしょうか」 船曳は、出来の悪い生徒の健闘を称えるかのように(ひがみ根性だろうか)笑みを浮かべた。 「何らかの薬物使用を考えているんですよ。解剖ではっきりするでしょうが……。そうすると、行きずりではなくて顔見知りの犯行と断定できる。何しろ、 近づかないと無理ですから」 この場で話せることも尽きたようだ。 署に戻るついでに送りましょうかという船曳警部の申し出を断り、火村は隣の個室の中を覗きこんだ。 「なあ、火村」 「あぁ」生返事だ。私が見た限り、現場となった個室内には血痕一つ、ほこり一つ落ちていないように見える。なにしろ、真っ白な床なので汚れが目立つのだ。 だいいち、今彼が検分しているのは隣の個室だ。臨床犯罪学者は、一体何をしげしげと見ているのか。 「もうええやろ、何かありそうなんか。さっきからずっと舐めるように見てるやないか」 火村は、目を細め、口の端を歪めて答える。 「なんだ、俺がここぞとばかりに女子トイレを観察して不埒な趣味を満足させているとでも思ったか」 「そうやないけど」そうじゃないかとも思わないこともなかったが。慌てて、矛先をゆるめてもらおうと続けた。「二十五秒なんて短い時間で、どうやったんやろうな」 「二十五秒、二十五秒と言うが、約二分の一分だ。意外に長い時間だぜ。やるつもりなら、何でもできるんじゃないか」 「何でもって、そんな必殺仕事人やあるまいし」 「試してみればわかるだろ」 言うが早いか、火村は金属板に掌をかざした。どきっとする程の大きな音が流れ出し、虚を突かれたために、抵抗する間もなく容易に引き寄せられてしまう。 口を塞がれて、息が詰まる。ここは、犯行現場なのだ。神聖なフィールドワークの場でもある。だいいち、室内には誰もいないとは言え、ほんの十メートルほど 先の出入り口には見張りの警官がいるのだ。 そう思ったら、ゾクリと背骨が疼くのを感じた。膝が崩れる。冗談ではない。私には露出趣味はない。そう思うのに、首筋を撫でられ、項の髪の毛を引っ張られて 上向かされると、自然と唇が開いた。 霞のかかったような視界いっぱいに、唇の端を舐めながら顎に流れた唾液を指先で拭う火村の顔。 水音はもう聞こえない。 火村は私の耳元で囁いた。 「前言撤回。二十五秒じゃ足りないかもな」
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はい! 事件物とみせかけて、今回はこれだけです。 (これも叙述トリック…?あ、やめて!座布団投げないで!) ちなみに、この掌編が書かれるに至った経緯、(仮)タイトルの由来をなんとなく知りたい方は、密/室(仮店舗)(うち、12/31、1/3、1/6の日記)をご覧下さい。 (経緯を知らなくても大丈夫ですが。というか、所詮他愛もないお遊びですが。) 火村先生には、自分の実力でアリスを女子トイレに連れ込む甲斐性はありませんでした。 しかもチューだけだし。 アントニオ、頑張れ! Copyright (C) 2009 OHSHIMA Mitugu. All Rights Reserved. http://happyeyes.jp/ GREETING/CONTENTS SWEET ROOM BLOG BBS STAMP CARD MAIL OFFLINE LINK | ||